クロダトーンとは、昭和30年台から60年台まで日本国内で製造販売されていたパイプオルガンスタイルの電子オルガンです。
製造販売していたのは黒田一郎と、黒田一郎の下に集った人々で、組織名を
東洋電子楽器研究所、有限会社 東洋電子楽器研究所、東洋電子楽器株式会社、クロダトーン株式会社、クロダオルガン株式会社と改組してきたグループでした。
最終社名のクロダオルガン株式会社は2007年に黒田一郎の引退を機に廃業しました。
クロダトーンの第一号は子どもの頃から音楽に強い関心を寄せていた上、電子技術の習得もしていた黒田一郎が、先の大戦終結後、復員して生計の糧としてラジオやテレビの修理を受けるなか、外国製の電気(電子)オルガン(ハモンドオルガン、など)の修理も依頼されそのことを通して内部のしくみを詳細に調べ上げた経験から高価な海外製品に代わる国産電気オルガンの製造という野望を抱いて生み出されたイメージをかたちにした最初の一台でした。
クロダトーンの第一号は昭和34年3月(1959年)、日本基督教団 西千葉教会に納品されました。
当時の写真と録音が残っています。
ナレーションは黒田一郎ではなく(確実)、則安さんと思われます。(推測)
セザールフランクのル、オルガニステ,の第一曲目、最終曲ナレーションは黒田一郎ではなく(確実)、則安さんと思われます。(推測)
二段鍵盤フルペダル付のクロダトーン第一号は個人宅に納められました。
二段鍵盤フルペダル付のクロダトーン第ニ号は上記、日本基督教団 西千葉教会の第一号と交代しました。
初期のクロダトーンは音源がハーモニカ、アコーディオン、リードオルガン等に使われているものと同じ原理のフリーリードで、本体内に送風機とリードが組み込まれていて常時全てのリードを振動させてその振動から電気信号を取り出していました。そして鍵盤のスイッチで必要な音をon,offする仕組みでした。
常に全てのリードが鳴っていますからしっかりと防音しなければならず二重の箱で覆われています。
下の写真は裏板を外したところで中央の大きな箱の中にリードが納まっています。
発信源のリード部分です。リードに高電圧をかけてリード片近傍にねじで微調整するピックアップを配置してあります。
昭和30年代、初期型のパンフレット
初期型のパンフレット 1ページ目
初期型のパンフレット 2ページ目
初期型のパンフレット 3ページ目
初期型のパンフレット 4ページ目
初期型のパンフレット 5ページ目
初期型のパンフレット 6ページ目
6ページ目の「オルガンに就いて」の部分を書き出しました。
「今から約10年前に電子工学の技術を用いてピアノの様に和音を出せる鍵盤楽器を安く作れないかと考へて基礎研究を始めた事がクロダ・トーンへの第一歩でありました。
然し当時国内では電子楽器と言う言葉すら一般に知られて居らず商品化された国産品などは無論皆無で、研究の為に手掛かりとなるものと言へばハモンド・オルガンを僅かに知る丈けでありました。
そうした乏しい資料の中でも先づ第一に解決せねばならぬと感じた事は楽器の生命であり母体となる音源を作る事でありました。
電力事情が悪く電源電圧が常に変動し、且つ湿度の非常に高い吾が国で是等の影響を受けずに安定なピッチを保ち得る音源を安価に製作すると言う事は予想以上に難事でありまして安価なネオン管から真空管に依る発振方式或は歯車や円盤等に依る機械的方式、
更には両者の併用等々様々な方法を試みては見ましたが、何れもピッチの安定度、或は音質の点、或はコストの面などで当初の目的を満足させる事が出来ず、最後に現在用いて居りますところのリードの振動を電気的に取出して、それを電子的に波形加工する方法に到達致しました。
此の間6年の歳月が知らぬ間に過ぎ去ってしまいました。
その頃たまたま教会やミッション・スクール等でオルガンとしての電子楽器に対する需要の声を聞き自分も又かねてからパイプ・オルガンには限りない憧憬を抱いて居りましたので、当初の目的であったピアノの様な鍵盤楽器と言う中途半端なものからはっきりと、伝統的な教会音楽や、古典的音楽も演奏出来る様な「オルガン」それも若し可能ならばパイプ・オルガンの代用としても或程度使って戴ける様な正統的な機能を持ったオルガンを作ることに決心しました。
爾来音源以外にもオルガンとしての重要なマニュアルやペダルの鍵盤機構、音列を重ねる為の多極キイ・スイッチ、機能的なタブレット(ストップ)等々各部に亘って専問の音楽家諸先生、友人のオルガニストの方々からの御意見をもとにして試作研究を重ね、漸く昨年に至りコンサート・モデルを完成致しました。
振返って考へますのに仮に私共がいくら勝れた技術を持って居たとしても、所詮技術屋の集まりであり、我々丈では演奏家の満足される様な楽器は出来なかった事でしょう。
然し現在納入先の音楽家、教会、学校等に於て数多くのオルガン専門家の方々から身に余る御好評を戴いて居ります事はひとえに設計当初から御親切な助言を賜りました音楽家諸先生、並びに友人オルガニストの方々の御蔭と、深く感謝致して居る次第であります。 黒田一朗 」
昭和30年代の黒田一朗(正面右)とスタッフ
納入例で残っている写真1
京都平安教会 オルガンと建物
納入例で残っている写真2
足利カトリック教会 オルガンと建物
昭和40年代からは音源が電子回路の発振器になり量産が始まりました。
カタログ用写真の撮影風景1
カタログ用写真の撮影風景2
カタログ用写真の撮影風景3
昭和50年代板橋区高島平の工場、作業風景1
昭和50年代板橋区高島平の工場、作業風景2
独立発振方式(電子回路の音源)によるクロダトーンの音
昭和50年代 クロダトーン(3段鍵盤)試し弾き
昭和70年代にはパイプオルガンの試作も始めました。
第一号のパイプオルガン 披露コンサート
つづく
ご意見ご要望は下記へどうぞ
http://crodaorganservice.com/repair/index.htm/クロダオルガン修理
2022 7/7